古代出雲王国を辿る旅
”治らない”が改善へ!”諦めてた”アレコレがラクに!バイオメカニクス整体、宗像菜々子です。
友人たちと、古代出雲王国を辿る旅、行ってまいりました。現地で研究者の方のお話を伺いながらという有難い企画。
まずはほっこり、宗形神社の手水舎(ちょうずや)。ひしゃくにちんまりくっついてるのは、ちびっこアマガエルです。触れないんですけど可愛かったです。
古代出雲王国って、実際存在したのです。知られていませんが、口伝で詳細に記録が残っています(代々旧王家が一子相伝で伝えてらした)。
なぜ、出雲口伝に魅かれるか、といえば、こっちの方が真実だって、わかるから。
健康も歴史も、真実を知らなければ、解決できませんから!
それはたとえば、”銅鐸(どうたく)”あれ、なんであんな形のものが作られたの?ってナゾですが、出雲口伝には、なるほどと歴史的経緯が鮮やかに描かれています。
大嘗祭で話題になる皇居の主基殿(すきでん)、悠紀殿(ゆきでん)の由来も明らかで。
紀元前7世紀に、古代出雲王国が成立したとされています。それから3世紀に物部家によって滅ぼされます。
”国譲り神話”なんてあり得ないんです、激戦地が各地に残ってますから。一方的に攻めてこられる形で。
ここは、”静の岩屋”。出雲王国の8代副王、事代主(ことしろぬし)が、幽閉され”枯れ死”させられた場所。
日本支配を狙って来日したユダヤ系中国人、徐福(始皇帝から援助うけ)の配下の者たち(海童って子供たち)に、騙されて。
こちらは、同じ第八代主王、大国主(八千矛王やちほこおう)が同じように、徐福配下の者たちに騙されて幽閉された”猪目洞窟”。
そしてこちらは、出雲王国王家の墓所、拝み墓といって、近場でお詣りする場所。埋葬されたのは、奥深い山の中。
ここで涙がどんどん溢れてきて、一人たそがれてました、気付かれないように。やっぱりヘンタイ^^
それでも「私あそこで泣いてたの、気が付いた?」と確認したら、「うううん」ってことで。言わなきゃよかった・・・。
こちらはホテルの朝食ビュッフェ。もっと食材は豊富でしたが、私はこのくらい。食について、メルマガで書きますね。
こちらは、薗の長浜。八千矛王が拉致された場所です。日本海って美しいんです。海岸線が長いから、防衛は大変ですよ!
こちらが出雲そば。三段割子が一般的のようです。
出雲王国では、幸の神(さいのかみ)信仰が盛んでした。子孫繁栄の神。
3人の家族神で構成されていて(写真は二人ですが)、父神がクナトノ大神、母神がサイヒメ(幸姫)、息子神が、サルタ彦大神、
この三神が日本を守っているから、三が聖数となって、三々九度、万歳三唱、三拍子そろって、などへ。
なんだか平和で良いではありませんか。
こちらは徐福の息子、五十猛(いそたけ)が産まれた五十猛海岸近くでいただいたアナゴ天丼、ヒラマサのお刺身付き。行列のお店でしたよ。
私も今回初めて知ったのですが、日本最大の弥生遺跡”妻木晩田(むきばんだ)遺跡”って、鳥取県にあるんです。
吉野ケ里遺跡よりも規模が大きい遺跡。全く知りませんでした。
ここでは、上のような、マグロや豊富な魚介類、鹿、鳥類も食べられていたそう。
それだけじゃなくて!鳥取県に、法隆寺の前身、消失してしまった”若草伽藍”が創建された50年後に、法隆寺のような仏閣が作られていたそうなんです!
すごくない!?鳥取県って、ありえね~、感じです。
”上淀廃寺(かみよどはいじ)”といいます、7世紀末に建立、8世紀中ごろ改修を経て、10世紀末に消失したとされています。
鳥取県に、止利仏師クラスの仏師がいた!?
名峰大山のふもと、古代遺跡も神社仏閣も遺跡も、盛りだくさんで!
そんなこんな充実の旅でしたが・・・。
羽田の雷雨の影響で、飛行機がまさかの欠航!初めてです、こんなの。それで空港カウンターで手配していただいたANAホテルへ。
こちらの天然水は、”奥大山”。こっちの方が美味しかったです。
実際は、もっともっとたくさんの場所を訪れました。美しく気持ち良い場所ばかりで。また余裕がありましたら、ご紹介します。
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