悲報!東北大学名誉教授田中英道先生ご逝去

たくさんの事をご教授くださった美術史家、田中英道先生が4月30日逝去されました。

”治らない”が改善へ!”諦めてた”アレコレがラクに!バイオメカニクス整体、宗像菜々子です。

もう悲しくてたまりません・・・。

2022年2月田中先生のお誕生日を祝う”傘寿の会”にて。

この日のために、私は着付けを自分でマスターしようと励みました、私の和服歴はですからたった3年。

すべて田中英道先生が和服がお好きだから、という理由のみだったのです、きっかけは。

 

2022年4月、上野でのフェルメール展にて。

田中先生は、フランス、ストラスブール大学で、ラトゥールの論文で博士号取得、その後ミュンヘンやローマでも研究を続けられたそうです。

レオナルドダヴィンチの世界像』田中英道著 東北大学出版会

このダヴィンチ研究で、欧州の学会でひときわ脚光を浴びたそうです。

あのケネスクラークから賛辞をもらった、とか、あのイコノロジーのパノフスキー直々の講義を受けたとか。

 

私の大好きな画家フェルメールについても、私は全く知らなかった側面を教えてくださったのが、田中先生でした。

誰も語らなかったフェルメールと日本』田中英道著、勉誠出版

手紙を待ちわびる女性が多く描かれてますが、これって、オランダから東洋へ、日本や中国へ向かう船乗りや商人を待つ女性だったのです。

そこから、多くの女性が身に付けているのは、着物だろう・・・ということで。

そういえば同時代レンブラントの妻サスキアも、着物羽織ってましたっけ。

日本からの銀貿易によって、オランダは潤っていたそうです。こんな解釈、他になさってる人いますでしょうか。

 

田中先生といえば、縄文時代、日高美国(ひだかみこく)、ユダヤ人埴輪の発見もまた秀逸です。

こちらは茨城県の御岩神社参道にて。

日本神話と同化ユダヤ人』田中英道著、勉誠出版

 

千葉県佐倉市国立歴史民俗博物館にて

 

縄文土器の時代地域による変遷、見方なども、教えていただきました。専門家に直接現地でご解説を伺う!なんて贅沢だったんでしょう!

こちらは青森県三内丸山遺跡。

 

たまたまお住まいの駅が、お隣だったこともあり、図々しくご一緒させていただき、お得意のカラオケに同席させていただくことも。

フランス語だけでなく、ドイツ語英語イタリア語など多彩なレパートリーお持ちで。

イブモンタンのラメールや、”蘇州夜曲”をよくデュエットさせていただきましたっけ。

 

 

京都建仁寺にて。お懐かしい・・・。

 

私はずっと西洋文明に魅力を感じてました。高校で学んだ日本史は、世界史から見ると辻褄が取れてない話ばかりで、全く興味ありませんでした。

日本の歴史も、日本美術の歴史も、全く知らずにず~っと生きてきました。西洋美術史が王道であるかのような錯覚のまま。

 

天平のミケランジェロ』田中英道著、弓立社

この本で、ミケランジェロよりも700年も前に活躍していた日本人芸術家、國中連公麻呂(くになかのむらじきみまろ)や止利仏師(とりぶっし)のこと、そしてその素晴らしい作品の数々を知りました。

古代ギリシャの石像やミケランジェロの作品との比較もまた、かなり斬新です。

こんな横断的な研究なさった日本人研究者はいらっしゃるのでしょうか。

 

法隆寺とパルテノン』田中英道著、祥伝社

こちらでは、シルクロードを経て、日本や中国の美術が、イタリアルネサンスを開花させる起爆剤となったのでは、というローマでもされたご研究。

かなり刺激的です。

実際私もフィレンチェで、ジョットーなどの作品に東洋的な女性が描かれているのを不思議に思った経験があります。

日本美術全史』田中英道著、講談社

こちらは、イタリアやフランス語訳となってあちらで読まれている日本の美術史本だそう。

私も多感な10代のころ、こうした真っ当な誇り高い日本の美術史を、学びたかったと心底思います。なぜこうした解釈が、日本で一般的にならないのでしょうか。

 

武士ローマを行進す支倉常長』田中英道著、ミネルヴァ書房

こちらは私の大好きな本のひとつ。

江戸時代列強からの侵略を警戒していた徳川家康は、伊達藩を使って支倉常長(はせくらつねなが)らをヨーロッパに派遣した、その背景行程を描写。

これは、田中先生が、ローマバチカンのシスティーナ礼拝堂にあるミケランジェロの広大な天井画の修復に立ち会う、という幸運な出来事の賜物。

その際、バチカンに展示されていた支倉常長らの肖像画に気づいたことがきっかけだったそうです。すごいですよね!

 

史実によると、支倉常長ら小柄な日本人は、熱狂的に迎えられたそうなんですよ。

気品があって身なりも立ち居振る舞いも堂々としていた様子。支倉らが鼻をかんだ懐紙を、群衆は競争して奪い合ったとか。

 

このとき、一行には間者(スパイ)が加わっていたらしいのです、そりゃあそうですよね。そして支倉は帰国後その経緯を12冊の書物にまとめたそうなんです。

ところが、田中先生が支倉家にその書物について尋ねたところ、明治時代までは存在したらしいのですが、その後は不明・・・。

「それが出てくればね、いろんな事がわかるだろうに」と、田中先生。

こういう警戒心を、江戸時代、幕府がずっと維持していたら・・・。

 

写楽は北斎である』田中英道著、祥伝社

こちらもまた、知られざる歴史・・・

確か北斎って、世界で最も知名度の高い日本人だったかと思いますが、その北斎が一時的に”写楽”として活動していたと論じた一冊。

丹念に作風と構図と、そして史実から解き明かしてらっしゃいます。

 

やはり義経はチンギスハーンだった』田中英道著、文芸社

眉唾だと思いますか?たしか明治まで日本人はみなそういう認識だったとか。

田中先生は、美術史家として、肖像画が似ている点から発してらっしゃるのですが、時代的にもまた義経の経路(東北から北海道、中国北部へ)的にも合点がいくそうです。

 

須賀大社の宮司さまと。

アメリカに強いられた”憲法”ではなく、日本の國柄にあった独自憲法の草稿も準備されてらっしゃいました。

とても残念です。

他の誰にもできない独創的なご研究の数々で、魅了してくださった田中英道先生、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

ありがとうございました。

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